くろーんもーのクロ歴史

2018年の3月に35歳を過ぎてクローン病と診断されたおっさんの備忘録的なブログです。病状や治療のことを書き綴ります。

実は根拠の薄い脂肪の制限 その2(2/3)

<<その1からの続き>>

厚生省研究費による調査班のその他の報告

福田ほか(1998)以外にも、90年代の終わり頃までは、厚生省の研究費による調査班で脂肪に関する検討が複数行われている。

 

馬場ほか(1998)*1は、栄養療法の効果が、抗原性の無いアミノ酸によるものか、超低脂肪によるものかを明らかにするという目的のもと、
活動期の患者を「エレンタール単独」、「大豆油13.5g添加」「大豆油27.0g添加」の3群に分け、4週間後の寛解導入率などを調べている。
21例と症例数が少なく、期間も短いが、実験計画としては前述の福田ほか(1998)よりもまともである。

3群を、
エレンタール1800 kcal + デキストリン600 kcal
エレンタール1800 kcal + デキストリン300 kcal +C-1デキストリン 300kcal
エレンタール1800 kcal + C-1デキストリン600 kcal
のように、デキストリンとC-1デキストリン(大豆油成分)の比率だけでコントロールしているので脂肪の影響が明瞭になるはずだ。

馬場らは報告の結論で、脂肪の経口摂取は栄養療法の寛解導入効果を低下させると結んでいるが、
実験結果はあまりクリアに出ていない。

各群について、寛解導入率、CRP、IOIBDスコア、血沈(ESR)の4種類の値が4週間後にどうなったかを見ているが、
寛解導入率は、「エレンタール単独群」が他の2群よりも高いが、p valueは0.065と良くない。
CRP、IOIBDスコアについては、「エレンタール単独群」が優れるが、検定を行っても有意差なしで、血沈については有意差無しだが「13.5g添加群」の方が正常値が多いという逆転した見た目になっている。
症例数が少ないこともあるが、これだけ明快な試験なのに「有意差がほとんど無い(=脂肪の影響は少ない)」ように見える。

 

守田(1999)*2クローン病患者の食事の偏り具合から、症状が落ち着いている患者は脂肪も適度に摂るべきであると主張している。

守田(1999)では潰瘍性大腸炎(53名)とクローン病患者(46名)の7日分の食事を調査し、
クローン病患者は三大栄養素のうち脂肪の摂取量がやや少なめ、タンパク質が多めに摂取されていてエネルギーバランスに歪みがあることを報告している。
調査結果から潰瘍性大腸炎クローン病患者ともに三大栄養素の摂取状況に歪みが見られるが、特にクローン病患者にはそれが顕著で、寛解期でも低脂肪食を摂る傾向があると述べており、
寛解期のエネルギー摂取の歪みは健康維持のマイナス要因になると指摘している。

 

2000年以降は調査班の報告書の中で食事とクローン病の関係を対象にする報告が極端に少なくなり、「発病要因としての食事」についての検討が細々と載るくらいになっていく。

そんななかで藤山(2004)*3は、日本とイギリスでの食事の違いを比較している。
調査はアンケート形式で行っており、食事状況については日英ともに106名から回答を得た(送付は900名)としている。

報告では、クローン病との診断後に摂取が増えた/減った食品や、摂取すると症状が悪化すると感じる食品についてのグラフが載っている。

日本側の結果は本文中にもあるとおり、"極めて細やかな栄養指導が行き届いて"いるため、油脂類、肉類、キノコ類、加工食品、乳製品などを食べなくなり、魚介類やビタミン剤の摂取が増えるというイメージ通りの結果になっていた。
症状が悪化する食品についても、日本は食事療法によって意識付けされているためか、回答数が多く、肉類、油物が特に多く、乳製品、ラーメン、高繊維食品が続くというこれも一般的なイメージ通りの結果を得ている。

面白いのはイギリスでの結果で、報告書の本文中では"英国では脂物や肉類が症状を悪化させるという認識は極めて低い"と記載されているが、「海外でも脂肪が悪さをしているんじゃないのか?」と思うような結果が見える。
40〜50%の人が診断後に豆類や卵類を控えるようになっており、症状が悪化する食品としては、日本では全く挙がっていないナッツ類や卵が多く挙げられているのは興味深い。
他にもイギリスでは乳製品が悪化する食品のトップであったり、野菜も悪化する食品の上位にあがっている。

(数は少ないが)ネガティブな食品は食事療法をしていればピンとくるものばかりである。
ナッツ類は脂肪の含有量が多いし、卵もそれ自体の脂肪に加え、調理の仕方によってはかなり脂肪が高い料理になる。乳製品は脂肪だけで無く、乳糖不耐症の影響もあるかもしれない。野菜は食物繊維が問題なのだろう。
回答された数字が少ないのも食事療法をしていない(知識が無い)ことで意識していないためとも考えられる。
人種差のあるクローン病で病気で、日英ともに症状が悪くなる食品が脂肪や繊維が多く含まれているというのは面白い結果だ。

 

それまでの考えをひっくり返すメタ解析の結果

近年の栄養療法の動向をまとめた山本・中東(2012)*4では、脂肪の種類と含有量の栄養療法に対する影響についてもまとめている。
まとめでは複数の先行研究の結果を並べており、90年代〜2000年前後の結果は概ね、長鎖脂肪酸は栄養療法の効果を損なう、中鎖脂肪酸では差がでないという結果となっている。

ただし、最後に記述されている(当時最新の)メタ解析(※)(Zachos et al., 2008*5)では、
脂肪の含有量は寛解導入率に有意差は無く、脂肪の質(長鎖脂肪酸含有量やn-6系脂肪)についても経腸栄養療法に有意な影響を与えなかったとしている。

コクランのレヴューで、それまで示唆されていた考えとは真逆の、栄養療法の効果に脂肪の有無、種類は影響を与えないという結果が出ているのは興味深い。


気になったので、最新のメタ解析(Narula et al., 2018*6)を見てみた。

脂肪含有量については、患者数、試験数とも2008年のZachosらの解析と変わらないので、「脂肪含有率による寛解導入率の違いは無い」という結論のままだが、
詳細に本文を読んでみると、3g/1000kCal以下の超低脂肪(≒一日に6g以下しか脂肪を摂らない)と、高脂肪を処方した場合を比較しても有意差が無いことも記されており、脂肪の多い少ないは寛解導入には影響がないようだ。

一方、脂肪の種類(長鎖脂肪酸の影響)については、アブストラクトを比べてみると、Zachosらの「有意差はない」から、
「低脂肪・低長鎖脂肪酸の経腸栄養製剤は高含有量のものより高い寛解率を示した」と記述が変化している。
Naurula et al. (2018)の本文を読んでみても、ここまで強く書いて良いほどの結果は示されてなかったが、
議論部分で、
長鎖脂肪酸の含有量と栄養療法の効果については、有意差は見られないものの、有意に近い評価だったことや、
サンプル数が少ないことと統計的な不均一からも検定結果が弱いので、慎重に解釈する必要があること、
より大規模試験で調査する必要があることが(言い訳がましく)書いてあり、長鎖脂肪酸の影響は完全に否定されたわけではないというニュアンスであった。




※: メタ解析
複数の同種の研究成果を(種々のバイアスを除くよう工夫し)定量的に統合・解析した論文。
"複数の研究で得られた効果が一致しない場合、個々の研究の標本サイズが小さく有意な効果を見いだせない場合、大きな標本サイズの研究が経済的・時間的に困難な場合、に有用であるとされている"(薬学用語解説 メタ解析*7
ランダム化比較試験(バイアスを除くよう工夫された試験)をメタ解析した物は、エビデンスレベルの最上位(最も信頼できる)の文献として扱われることが多い。
(参考:薬学用語解説 メタ解析和歌山県立医科大付属病院臨床研究センターセミナー資料*8

 

<<続きは↓>>

*1:馬場忠雄, 樋渡信夫, 高添正和, 松本譽之, 福田能啓, 櫻井俊弘, 1998, 分担研究報告10. クローン病の栄養療法における食事脂肪の影響を検討する: 活動期クローン病に対するエレンタール単独と脂肪製剤併用エレンタール群の比較検討. 厚生省特定疾患 難治性炎症性腸管障害調査研究班 平成10年度研究報告書, 平成11年3月, pp. 65-68.
厚労省の科学研究成果データベース(https://mhlw-grants.niph.go.jp/)で「難治性炎症性腸管障害」などと検索

*2:守田則一, 1999, 分担研究報告33. IBD患者の7日間摂取食事調査(第1報): 3大栄養素の検討. 厚生科学研究費補助金特定疾患対策研究事業 「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班 平成11年度研究報告書, 平成12年3月, pp. 103-68.
厚労省の科学研究成果データベース(https://mhlw-grants.niph.go.jp/)で「難治性炎症性腸管障害」などと検索

*3:藤山佳秀, 2004, クローン病の食事に関する日英の比較とIBDにおけるprobioticsとprebioticsの使用状況の実態調査. 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業 「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」 平成16年度総括・分担研究報告書, 平成17年3月, pp. 75-76.
厚労省の科学研究成果データベース(https://mhlw-grants.niph.go.jp/)で「難治性炎症性腸管障害」などと検索

*4:山本隆行, 中東真紀, 2012, クローン病治療における経腸栄養の現状と今後の展望: 本邦と欧米の比較. 静脈経腸栄養, 27, 657-664.

*5:Zachos M, Tondeur M, Griffiths AM., 2007, Enteral nutritional therapy for induction of remission in Crohn’s disease. Cochrane Database of Systematic Reviews, 1.
doi: 10.1002/14651858.CD000542.pub2

*6:Narula, N., Dhillon, A., Zhang, D., Sherlock, M. E., Zachos, M., 2018, Enternal nutritional therapy for induction of remission in Crohn’s disease. Cochrane Database of Systematic Reviews, 4, 1-89.
doi: 10.1002/14651858.CD000542.pub3

*7:日本薬学会, "薬学用語解説 メタ解析", 日本薬学会HP, https://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?%E3%83%A1%E3%82%BF%E8%A7%A3%E6%9E%90%E3%80%80.

*8:下川敏雄, 2018, メタアナリシス. 2018年度医学統計セミナー第5回資料.
和歌山県立医科大付属病院臨床研究センターHPの2018年度資料からDL可能