くろーんもーのクロ歴史

2018年の3月に35歳を過ぎてクローン病と診断されたおっさんの備忘録的なブログです。病状や治療のことを書き綴ります。

漢方薬についての私見 その2

 <<その1の続き>>

バラつきはなんとかならないのか?

クローン病の性質は変えられないので、「効果のバラつきを無くそう」というのはいかにも科学的な考え方だ。

だが、これが難しい。
生薬は、天然物であるので成分に揺らぎが出る。極端なことを言えば、同じ産地の隣の株でも個体差が出てくる可能性がある。
化学的に合成した薬剤と違って品質の管理が難しい。

また、複数の有効成分が複雑に混ざり合って作用していることも効果を掴みにくくしている要因で、
産地や個体差で各成分が変動するのなら効果の揺れも酷いことになるだろうなと想像がつく。

特に、有効成分が複合的に作用しているというのはかなりやっかいな状態である。

多変数のシミュレーションをしたことがある人なら遊んだ経験があると思うが、
パラメータが多いと、それらを調整することで結果はどうにでも出来る。
これが漢方薬の強み(各種パラメータや組み合わせをイジることで個人の状態に会わせた最適解を出せる、特に要因が単一ではない不調や複数の不調の同時対処には強い)でもあるのだが、
実験的に有効成分と効果の関係を明らかにしようとすると地獄となる。

イメージするためにちょっと単純な計算をしてみると、
有効成分AとBの2つだけならば、
A+B=1であれば、A=0から1%ずつAの割合を増やしていっても、

A:0.01+B:0.99,  A:0.02+B:0.98,  ・・・, A:0.99+B:0.01

の99通りを調べれば済む(本当は比率だけでなくA+B= 1g, 5g, 10g, ・・のように薬の絶対量を変えて調べなければいけないのでもっと大変だが)。

これが3成分系だと、
A+B+C=1であっても、

A:0.01+B:0.01+C:0.98,  A:0.02+B:0.01+C:0.97,  ・・・,  A:0.98+B:0.01+C:0.01,
A:0.01+B:0.02+C:0.97,  A:0.02+B:0.02+C:0.96, ・・・,  A:0.97+B:0.02+C:0.01,
・・・,
A:0.01+B:0.97+C:0.02,  A:0.02+B:0.97+C:0.01, 
A:0.01+B:0.98+C:0.01
と、通りの数がぶっ飛ぶ(5000通り近い)。

これが5成分とかになったら細かく調整して調べることは絶望的だ。
各有効成分が独立に働いていればまだわかりやすいが、相互作用があったり、それが閾値を持っていたりすると(ex. A>0.10の場合、Bの効果・副作用を2倍)、最適な分量の調査は困難を極める。


また、余談だが、話題にしている"有効成分"も高分子の場合、本当に同一なのかを見分けることが出来なかったりする。
化学的に取り出して実験することも合成することも怪しい場合があるのだ。

この問題は生物学的製剤のバイオシミラーにも関係することである。

特許切れの生物学的製剤の場合、「後"発"医薬品(ジェネリック)」ではなく「(バイオ)後"続"品」と別の名称で呼ばれるが、
これは有効成分の同一性を完全には保障できない(代わりに同等性(:同じ効果であること)を保障している)からだ。

高校化学の知識だと「(質量分析やガスクロで)化学組成が分かればよいのでは?」と思ってしまうかもしれないが、それでは足りない。
高校レベルまでの低分子化合物ならば化学組成から構造がある程度推測できるが、分子量が10万、100万ともなれば組み合わせはとんでもない数になり、複雑な構造もとるようになる。
僅かなアミノ酸配列の違いで立体構造は大きく変わることがあるし、同じ順番で並んでいるようでも異性体を作ることもある。
形が違えば当然機能も変わってくる(薬が毒になり得る)ので、構造を決めることはとても大事なことになる。

一般的に、タンパク質の構造を調べるにはX線回折による結晶構造の解析を行うのだが、高分子のタンパク質はこの結晶化が上手くできない。
そもそも分子量が多くなるとクローニングにも問題があり、実験のために大量に複製することも難しくなる。

鉱物のようにある程度強固な物ならば、X線回折が上手くいかない場合でも、高解像度(=高出力)の透過電顕で結晶格子を焼きながら無理矢理測って、得られたデータをつなぎ合わせるというような無茶な方法も出来るが、
タンパク質は強烈な電子ビームには耐えられない。
そもそも高真空下では本来の構造を維持できないし、濡れた状態で観察できる低真空の装置は構造解析ができない。・・と、電子顕微鏡とは相性が悪い。

分子分解能を持つ原子間力顕微鏡の液中観察を行っても、高分子の複雑な立体構造の内側を見ることはできないから、やはり完全な像を得ることは出来ない。

核磁気共鳴は有効な方法だが、分子量2〜3万が解析できる限界(分子が多くなりすぎると核スピンの情報が多すぎて切り分け不能になる)であり、巨大なものには使えそうにない(ちなみに、クローン病に関係するサイトカインでも分子量はTNF-αは約17,000、IL-12は約70,000といった大きさである)。

新しい結晶化の方法を開発したり、装置の進化や新しい測定装置・方法の開発(例えばクライオ顕微鏡は2017年にノーベル賞)でタンパク質の構造解析は、より高分子の領域へ拡がっているが、まだまだよく分からないものも多くあって、基礎的な理解が出来ないことも多い状況が続いている。

 

対症療法と職人芸

私が不安になるのは、漢方は対症療法であり、経験に基づいた名人芸的な側面がかなり強いことだ。
名人芸は客観的な根拠が示せないことも多いので、名医であっても議論が出来ないし、ヤブであってもそれらしいことを言うだろうから評価できない。

名人芸自体はどんな分野にもあるもので、否定するものではないが、これに頼り過ぎると技術や知識の進歩が無くなることも問題だ。

名人がいて、丁寧な問診や触診で患者の状態を徹底的にに把握し、感覚や経験に基づいて優れた処置を行う。
これは素晴らしいことなのだが、この診察の技術や感覚、経験をどうにか表現して体系化して伝えていかないと、名人亡き後は元の状態に戻ってしまう。

漢方の分野は、日本に入ってきてから1000年以上の歴史があるはずだが、進歩を続けているのだろうか?50年、100年前との質的な違いはあるのだろうか。

 

私が科学や技術の分野が好きなのは、名人(天才達)の知恵を知識として凡人も使うことが出来るようになる点だ。
今の凡人である私でも19世紀の天才達以上に理解できていることがあるし、彼らには夢だった観測や実験もできる。我々の子や孫の世代は今の知識を乗り越えてもっと先の世界を楽しむことが出来るだろう。
最先端が一般化して、その先には新たな先端が見えてくる。先に進んでいく感覚が味わえる。

クローン病の治療も年表を作ってみれば大きく変化していることが分かる。
古くは5-ASA製剤やステロイド、近年は生物学的製剤で大きな成果が出た。
iPS細胞を用いてダメージを受けた腸壁を再生させようとする研究や、クローニングにより臓器のミニチュアを作成して治療法の開発をするための研究も進んでいる。
良いことばかりでは無く、現在の治療法での無効例や生物学的製剤の二次無効、病因が複合的であるなど課題も見えてきている。

ただ、課題が見えるということは、やがて解決できるということだ。
時間のかかる地道な研究と、新しい装置の開発や全く別の方向からのアプローチが合わさって少しずつ解けていく(同時に新たな課題もまた現れてくるが)。

新たな課題が出てくることは悪いことではない。
クローン病の病因を見れば、かつては原因不明だったものが、今は遺伝子、環境要因の複合だということが分かってきた。
これは、「結局原因不明なまま」ではなく、調べるべきターゲットが少ししぼれてきたことで次に明らかにすべきことが明瞭になってきたを意味している。

遺伝的な要素があることは以前から分かっていたが、それが絶対ではないこと(=遺伝子治療が可能になっても完全な治療法になり得ない)や人種差があることがわかった。
環境要因も腸内細菌のバランスや食事内容、衛生的すぎる環境などが考えられ、正体不明だった「原因不明」が少しずつ切り崩されていっている格好だ。
クローニングで小型の臓器が作れるようになれば、「環境要因」についても実験が出来るようになり得る。その先には予防も見えてくるだろう。
予防ができるようになれば、患者やそれに近い親族(=遺伝的にクローン病の素養のある人)が子供の発症を恐れなくても良くなる(※ 片親がIBDの場合、子供に遺伝する確率は人種によらず数%以下なので、現在でもあまり恐れるべきではないのだが、可能性を限りなく0に近づけることが出来るのなら心理的な安心感は比べものにならない)。若年での発症の多いIBDに対してはQOLのひとつの向上につながるだろう。

こういった「先に進む感覚」に惹かれており、
わずかでもその資金の足しになるなら、あるいは私の治療や症状がデータの一つとなって後の患者の糧になるのなら、
と思って私はまず標準的な治療を軸に対処することにしている。

 

完成した分野の行方

進歩が見えるのは未完成だからで、完成した分野はそれ以上進まないのでは?とも思えるが、私はそうでもないと思っている。
完成した知識群は他へ派生していく。行き止まりでは無く、他へ応用されるのだ。

例えば、力学。
ニュートンガリレオのやっていたような力学の基本を研究している人はもういないだろうが、それでも彼らの成果は今でも学ばれている。物理学を使って収入を得ているプロも、始めたばかりの学生もみんな学ぶ。
たぶん100年前の教科書でもほとんど同じような内容を扱っているはずで、我々の大先輩とも話が通じるはずだ。

そんな完成された力学(ニュートン力学)だが、そこからの派生はすごい。
○○力学は大量にあって、流体力学、弾性力学、連続体力学、統計力学、化学反応論や表面科学などでは分子動力学なんてものも使う。
場や対象を変えて様々な分野で応用、発展している。


漢方が閉塞しているのなら、他分野に目を向ける必要があるだろう。

ゲノム創薬やオーダーメイド医療は漢方にも当てはまる概念で、
有効成分の分解という還元論的な手法が使えなくても、遺伝子情報と薬の効果の関係を示すことが出来る。

また、漢方でいう体質も遺伝子由来のほかに、タンパク質による遺伝子の修飾が影響しているかもしれない。
前述の小型の臓器を複製する技術が実現すれば、管理された環境下での系統的な実験も可能になる。

今はオカルティックに感じる内容も統計学生命科学の手法によって客観的に評価・理解できるようになれば「専門用語」に変わっていく。
これら他分野の知識を掛け合わせることは、同時に新たな進歩の方向も示されるだろう。
漢方の理論というガイドに沿って生命科学の手法を用いることで広がる知見は必ずあるはずで、それは西洋医学の"穴"を埋めたり、相乗効果でメカニズムの解明に繋がるのではないかと思う。


いずれにしろ大事なのは本気で真摯に研究する研究者の出現だろうと思う。
片手間では無く、自分の分野だけに籠もることなく研究し、他分野の進んだ知識を学ぶこともいとわない。そういう人材が必要だろう。
のちにスタンダードになるようなことでも出始めは必ず批判にさらされる。それにめげない忍耐力や楽観的な性格も必要だろう。

コンピュータの発展により、以前は不可能だったことが可能になっている。
強力な演算能力を使っての測定法や解析だけでなく、ランダムを気軽に生み出せることにより発展したものも多い。
また、コンピュータの高性能化のために極微小な世界の技術も爆発的に進歩し続けている。
私が学生だった頃に見て感動した教科書の写真がおもちゃに見えてしまうほどの精巧な細工を、今は市販品でできる。

これらを利用しない手は無いと思うのだが。