くろーんもーのクロ歴史

2018年の3月に35歳を過ぎてクローン病と診断されたおっさんの備忘録的なブログです。病状や治療のことを書き綴ります。

レミケードの使い方の変化:変わっていく治療法 その2(2/2)

その1からの続き


・Top-downとStep-up

レミケードの登場で、クローン病の治療の方針にTop-down療法という考え方が生まれてきた。

レミケードには従来の内科的治療法にはない「粘膜治癒が可能」、「外瘻の閉鎖効果」という大きな特徴がある。
この特徴を活かして、発症後、他の治療よりも先にレミケード(:もっとも強力な薬)を使うことで消化管へのダメージを抑え、
不可逆的な腸管合併症を起こさないようにしてQOLを維持しようというのがTop-down的な治療である。

Top-down療法に関する日本語の報告は2010年前後から増えており、その多くが短期的にはTop-downの方がStep-upよりも治療効果が高いとしている。 

Top-downに対するもう一つの治療方針が、Step-up治療で、
これは従来の治療の考え方で、5-ASA製剤+栄養療法のような効果が強くない(= 副作用も少ない)治療から始め、それが無効なら、ステロイド、免疫調整剤、生物学的製剤のように強い薬へと段階的に変えていくというものである。

この治療戦略では、ステロイドなどで症状が抑えられない難治性の症例や、急激に症状が進む症例に対して生物学的製剤の導入が遅れ、その間に腸管の状態が悪くなっていくという問題点があった。


2つの考え方を比べてみると、新しく生まれてきたTop-down治療の方が良いように見えるが、現在に至ってもTop-down治療とStep-up治療の是非については決着がついていない。
近年の、日本語論文雑誌のクローン病特集号の多くは両論併記の形が取られているし、2016年公開の消化器学会のガイドライン*1やH30年度版の潰瘍性大腸炎クローン病診断基準・治療指針*2でも、従来と変わらずStep-up治療を基本としている。

日比(2016)*3では、

近年, 図2に示すようにTop-downかStep-upかの議論が盛んに行われている.
―中略―
すなわち, 何にすべきかの正解はなく,患者の病態を見極めて適切な方法を選択することが求められる.

と述べ、2つの戦略は患者の状況によって使い分けるべきであり、どちらかが決定的に良いとは結論づけていない。

 Top-down治療について解説している吉村(2016)*4でも、『適正なTop-down治療』という項を設けて、”すべての症例がこの戦略の適応となるわけではない”と述べており、盲目的にTop-down戦略をとれば良いというわけでは無いことを示している。

Top-downに慎重な立場や、近年のレミケード治療についての総論的な内容の論文(遠藤ほか2011*5; 日比2016; 内山2016*6)では、
Top-down治療の問題点として、以下の2点が挙げられている。
 ・軽症の患者に過剰な治療
 ・長期的な結果が不明

過剰な治療で問題になるのは、イザというときの治療の選択肢を狭めてしまうことと、医療費の問題がある。

 内山(2016)に非常に興味深い内容が載っている。

クローン病患者の予後に関する疫学的検討では,症状発現が1回のみで,以後寛解を維持している症例の累積確率は経過2年で42%が10年後には12%と減少する.一方,経過中活動性が維持する症例の累積確率も2年目で10%,10年後には1%と減少する.これらはクローン病の自然史が同じ病勢のまま長期経過する物ではないことを示している.

論文の書き方は難しいが、
発症から10年間寛解を維持する人は少ない(=どこかで活動期になる)が、
それとは逆に10年間ずっと活動期のままの人も少ない(=どこかで寛解期に入る)。
クローン病の症状は良い方にも悪い方にも変化するもので、発症時の症状のままでいることはほとんどない。
ということを述べている。

このことから、発症時には軽症でも、やがて症状が重くなることが十分にあり得ることだと考えられる。
Top-down治療によって、軽症であるのに早期に生物学的製剤を導入した事で、肝心なときに二次無効で使用不能になっていては本末転倒である。

生物学的製剤が高価であることも医療費の面で問題がある。
難病の医療費助成があるため、患者個人には関係ないように思えるが、助成のための予算が無限にあるわけではない。
不必要な患者への高額な治療は、医療財政を圧迫し、自己負担額の引き上げや助成対象人数の縮小、審査の厳格化などの形で患者に返ってきてしまう。

長期的な結果が不明というのも以前から常に挙げられている点である。
Top-down治療の効果を示した最初期の論文であるD’Haens et al.(2008)*7では、寛解率は52週まではTop-downの方が治療成績に優れるが、78週(1年半)以降は有意差がなくなる事が記されている。
早い段階での生物学的製剤の導入が長い目で見ても効果的であり続けるのはかは未だ不明確なのである。


Top-down戦略が万能ではないと分かってきた近年では、Top-down、Step-upの中庸的な、accelerated step-upという考え方が取り入れられているようだ。

最新の治療指針について解説している中村ほか(2019)*8では、

腸管切除の回避を期待するtop-down戦略も提唱されてきた.しかし, 発症時には疾患活動性や病変程度が軽微な症例も存在することや医療経済的な妥当性の面からも最近では,
―中略―
といった予後不良因子を有する活動性の高い症例以外はまず従来からの既存治療で介入し,臨床症状や病変に対する効果を,半年内を目処に評価し効果が不十分な場合には早期にTNF-α阻害薬へと治療を強化するaccelerated step-up戦略が普及してきている.

と述べて、
特定の予後不良因子を持つ活動性の高い症例以外にはTop-down治療はすべきでないとしており、
Step-up治療でありながら、必要があれば早期に生物学的製剤の使用を開始するという、Top-downの良い部を取り入れたaccelerated step-up戦略が一般的になってきているとしている。


*1:日本消化器学会, 炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2016. 南江堂, 東京, 2016, pp. 127.
https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/ibd.htmlからDL可能

*2:鈴木康夫, 平成30年度改訂版 潰瘍性大腸炎クローン病診断基準・治療指針, 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」(鈴木班), 平成30年度分担研究報告書, 平成31年3月, pp. 41.
http://www.ibdjapan.org/からDL可能

*3:日比紀文, 2016, どのような症例に抗TNF-α抗体製剤を使うべきか?.  Intestine, 20, 127-132.

*4:吉村直樹, IBD治療のcritical point― 私ならこうする 6. クローン病 ―初発例の治療方針 (2)Top-downによる治療法. 臨牀消化器内科, 31, 683-692.

*5:遠藤克哉, 志賀永嗣, 角田洋一,高橋成一, 木内喜孝, 下瀬川徹, 2011, 生物学的製剤によるクローン病寛解維持療法 ―infliximab 計画的維持投与の治療効果を中心に―. 日本消化器学会雑誌, 108, 401-409.

*6:内山和彦, 2016, IBD治療のcritical point― 私ならこうする 6. クローン病 ―初発例の治療方針 (1)Step-upによる治療法. 臨牀消化器内科, 31, 675-681.

*7:D’Haens, G., Bert, F., van Assche, G., Caenepeel, P., Vergauwe, P., Hans Tuynman, Martine De Vos, Sander van Deventer, Stitt, L.,  Donner, A., Vermeire, S., Van De Mierop, F J., Coche, J -C R., van der Woude, J., Ochsenkühn, T., van Bodegraven, A A., Van Hootegem, P P., Lambrecht, GL., Mana, F., Rutgeerts, P., Feagan, B G., Hommes, D., 2008, Early combined immunosuppression or conventional management in patients with newly diagnosed Crohn’s disease: an open randomised trial. Lancet, 371, 660-667.

*8:中村志郎, 樋田信幸, 渡辺憲治, 宮嵜孝子, 横山陽子, 上小鶴孝二, 2019, 炎症性腸疾患治療指針・ガイドライン, 臨牀消化器内科, 34, 104-110.