くろーんもーのクロ歴史

2018年の3月に35歳を過ぎてクローン病と診断されたおっさんの備忘録的なブログです。病状や治療のことを書き綴ります。

実は根拠の薄い脂肪の制限 その1(1/3)

クローン病と言えば脂質の制限。脂肪や食物繊維の摂取を制限する食事療法はいろいろなところで耳にする。
この食事療法を強く推している医師もいる(例えばMedicalNoteの記事*1

私も、(狭窄がないので)食物繊維は緩くしか制限していないが、脂質の摂取量は一日20g程度に制限して生活している。
だが、この脂質の制限はちゃんとした根拠がない治療法である。

摂取量の目安が資料毎に異なる

食事療法をやり始めた当初からヘンだと思っていたのは、一日の脂肪摂取量の数値が統一されていないことだ。
パンフレットやHPで書かれている一日の摂取量の目安は、20g、30g、40gと幅がある。
20〜40gのように幅を持って書くのでは無く、資料毎に異なる数字を示しているのはかなり違和感がある。引用元が載っていないので、数値の根拠にもたどり着けないでいた。

食事療法のデータを自分が見つけられないだけかと思っていたら、今の主治医にも「(食事療法には)科学的根拠が無いからねー。毎日ステーキとかじゃないなら、あんまり気にしなくて良いよ」と言われる始末である。

食事療法を強くは勧めていなかったり、触れていない資料もある。
田辺三菱製薬の患者向けHP(知っトクカフェ)*2には海外では食事療法をしていないという情報も載せて、食事療法をあまり意識しすぎないように記載している。

厚労省研究費による調査班がまとめた近年の診断基準・治療指針*3や2016年の消化器病学会のガイドライン*4には食事療法の記載は無い(栄養療法の記載はしっかりページを割いている)。

一般向けの消化器病学会のハンドブック(pp.18)*5には脂肪を控えることが書かれているが、"クローン病をよくする効果が科学的に証明された食事療法はありません"とも明記されている。

やや古いが、2011年のクローン病診療ガイドライン*6(pp.33)では食事についても触れているが、"高血圧,高脂血症,糖尿病などとは異なり,CDの場合には一次的な治療効果が科学的に証明された食事療法はない."と記載されており、
推奨グレードは「C1」と低く、「レベルの高い科学的根拠はないが、行う方が良い」という程度の扱い(栄養療法は割いているページ数も多く、推奨グレードもより高いAやBが並ぶ)。

治療法として重視されているとは言いがたい。

EAファーマの資料

数値の出所が分からない資料が多い中で、EAファーマ(エレンタールの発売元)のハンドブック*7の14ページには、引用付きで脂肪摂取量が少ないほど再燃が少ないとされるグラフが載っている。

このグラフ、一見すると一日の脂肪の摂取量が20gのグループは他に比べて劇的に再燃率が少ないように見える。

だが、よくよく考えると気になる点がいくつもがある。

「一日の摂取量30gでもそれなりに節制している数字で、食事も気遣っていると考えられる。そうならば、20gでも30gでも病気を意識した生活態度の度合いはそれほど変わらないのでは、と類推されるのに、30gと40gのグループは再燃率があまり変わらないのに20-30gで大きく変わるのは妙である。
脂肪の影響は摂取量によってリニアに変わるのでは無く、20〜30gの間に閾値が存在するのだろうか?」や、

「ハンドブックのグラフでは各階級のサンプル数が不明で、エラーもついていないので、20gのグループだけがサンプル数が非常に少なくて偏って見えていることも考えられる」、

「普通は考えられないけれど、階級内のバラつき方が偏ってるってことはないだろうか?(;例えば、20gのグループは11g付近の人だらけ、30gは39g付近の人だらけ、40gは41g付近の人だらけ、という具合ならばハンドブックのような結果にもなり得る)」、

「まさか、20gは"< 20g"の意味ではないよね?」
など、眺めていると疑問が次々湧いてくる。

ハンドブックだけでは解決しないので、引用元の平成10年度の研究報告を調べてみることにした。
引用元は中身の数値から、分担研究の福田ほか(1998)*8だと分かったが、内容を確認すると、クローン病一般に言えることでは無く、"維持療法(栄養療法)時"に限定された結果だったことが分かった。

件のデータは、
栄養士が患者の食事内容を毎月指導・調査し記録された1年分の脂肪の摂取量と、
その1年間の再燃率から作っており、各階級とも30名ずつの計90名分の結果をまとめたものであった。
報告の本文中では、20gのグループは他の2グループに比べて有意に低値(p<0.001; p value 0.1%はかなりのもの!)であったことも示されている。

問題は、結果の部分に脂肪摂取量以外の要因(食事量、エレンタールの量)も影響しているのではないかと考えられるところで、
3つのグループの食事が、
20gのグループは エレンタール1800kcal + 食事600kcal、
30gのグループは エレンタール1500kcal + 食事900kcal、
40gのグループは エレンタール1200kcal + 食事1200kcal、
というように、グループ毎で食べている食事の量(熱量が多い方が量も多い傾向にあるだろう)やエレンタールの摂取量が異なっている。

これでは20gのグループの再燃が少ない理由が「エレンタールの摂取量が多いから」なのか、「食事を摂る量が少ない(お腹に物を入れない)」からなのか、「脂肪摂取が少ない」からなのかわからない。
それらの要因が複合している可能性もあるが、その場合でも支配的な要因がどれなのかはやはり不明だ。

本来はこの結果だけで「脂肪が悪」とは言い切れないはずだが、報告は1ページしかなく(2ページ目は英語の要旨)、議論の部分でも脂質の制限がタンパク質制限と関連している可能性を記すのみで、他の検討は行われていない。

この資料だけをもって、脂肪の摂取量だけが再燃に関係しているように描いてあるEAファーマのハンドブックの書き方は問題があるなと思う。


<<続きは↓>>

 

 

*1:Medical Note, “クローン病の食事、食材の選び方、調理法の考え方”, メディカルノート:医師・病院と患者をつなぐ医療検索サイト, https://medicalnote.jp/contents/160412-005-GQ

*2:田辺三菱製薬, “クローン病患者さんの日常”, クローン病患者さんのための知っトクカフェ, https://www.remicare.jp/cd/about/life/index.html

*3:鈴木康夫, 平成30年度改訂版 潰瘍性大腸炎クローン病診断基準・治療指針, 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」(鈴木班), 平成30年度分担研究報告書, 平成31年3月, pp. 41.
http://www.ibdjapan.org/からDL可能

*4:日本消化器病学会, 炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2016. 南江堂, 東京, 2016, pp. 127.
https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/ibd.htmlからDL可能

*5:日本消化器病学会, 患者さんと家族のためのクローン病ガイドブック. 南江堂, 東京, 2011, pp. 1-57.
http://www.jsge.or.jp/guideline/disease/からDL可能

*6:難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班プロジェクト研究グループ日本消化器病学会クローン病診察ガイドライン作成委員会・評価委員会, クローン病診察ガイドライン. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班(渡辺班), 平成23年度分担研究報告書 別冊, 2011年10月, pp. 1-69.

*7:EAファーマ(高添正和・国崎玲子監修), クローン病ってなんだろう, 2017, 1-26.
 http://www.eapharma.co.jp/patient/useful/(ページ内にDLアイコン)

*8:福田能啓, 馬場裕子, 奥井雅憲, 山本憲康, 田村和民, 里見匡迪, 下山孝, 1998,分担研究報告11. クローン病の維持療法時の脂肪摂取と累積再燃率. 厚生省特定疾患 難治性炎症性腸管障害調査研究班 平成10年度研究報告書, 平成11年3月, pp69-70.
厚労省の科学研究成果データベース(https://mhlw-grants.niph.go.jp/)で「難治性炎症性腸管障害」などと検索すれば見つかる