くろーんもーのクロ歴史

2018年の3月に35歳を過ぎてクローン病と診断されたおっさんの備忘録的なブログです。病状や治療のことを書き綴ります。

IBD患者の新型コロナウイルス感染症について(Japan IBD COVID-19 taskforce第9報)

これよりも新しい内容の記事はこちら↓

cd-mo.hatenablog.com

第2波の患者数がピークアウトしようとしている時期になり、情報としては時機を外しているような気もするが、今でも古い記事にときどきアクセスがあるので、たまにはデータのアップデートをしなくては、という気で記事を書いている。

第1波が下火になった後も、厚労省補助金によるIBD研究班の新型コロナ特別チームはIBD患者の新型コロナウイルス感染についてのまとめをHP*1上で更新し続けている。

 

 基本的な傾向は変わらない

 以前私が書いた「Japan IBD COVID-19 taskforce第3報」のまとめの記事から3ヶ月以上が経っているが、報告数が増えているだけで、最新の第9報(8/1版)でも基本的な傾向は変わっていない。

IBD患者全体の、入院患者の年齢分布や重症化率、死亡率など、各種の割合は第3報とほとんど同じ値を示しており、以前からの傾向に変化はない。

IBD患者も、一般の感染者と同じように、年齢が高いほどリスクが高くなっていく傾向である。
0-9歳の重症の割合が高いが、「母数が少ないため評価が難しい」との注が付いている。

クローン病潰瘍性大腸炎の違いについても変わらず、潰瘍性大腸炎の方が重症化のリスクがやや高い。
報告数が増えているのに差が埋まらないのは、本質的な差異があるのだろうか?

治療法別での結果も大きく変わることは無い。
抗TNFα製剤単剤やステラーラでの治療群は入院率、重症化率などが低い。
特に抗TNFα製剤単剤は報告数が突出しており、500例を超えているので今後も結果が揺らぐことはなさそう。
エンタイビオによる治療群は他の生物学的製剤より少し割合が大きい。
ステロイドを使用している場合は、他の治療法に比べて入院率、重症化率が高め。
免疫調整剤を使っている場合は、生物学的製剤とステロイドの間の様な結果になる。

治療法により差は見られるが、ステロイド(ゼンタコートは除く)での治療を除外すれば、
どの治療法でも人工呼吸器の使用の割合は5%前後だし、死亡率は3%前後と一般の世界平均と変わらぬ値なので、過剰に心配することではないように見える。
また、治療法ごとの差について考えてみても、「抗TNFα製剤単剤」以外は報告数が200例にも満たないので、重症化率、死亡率のような低値で1%の違いを議論することはあまり意味が無く(2人増えただけで1%の差は埋まったりひっくり返る)、
小さな差異に怯えるよりも各自にあった治療でクローン病の症状を抑える方が賢いように思える。

 

数字や傾向を鵜呑みにしない

統計データを見るときには解釈を必要とすることがよくある。見たままの数字だけに踊らされるのは危険である。

例えば、以下のようなことが考えられる。
抗TNFα製剤単剤での治療群は重症化・死亡のリスクが低い傾向がある。
これはグラフから見ても明らかだが、このことから「抗TNFα製剤単剤は良くて他は(比較的)リスクがある」と言えるのだろうか?

「言えない」というのが私の考えだ。
上記のことを明らかにするには、各治療を受けている患者の背景・性質を考慮に入れたより詳細な分析が欲しい。


患者の違いとして、エンタイビオと抗TNFα製剤を考えてみる。
新型コロナ感染症の重症化の統計を、生物学的製剤について見てみると、エンタイビオの成績が悪いように見える。
だが、単純にエンタイビオは「他の生物学的製剤よりリスクが高い」とは考えられないように私には思える。

治療の背景を考えてみると、
生物学的製剤での治療が必要になったとき、まず使うのは何だろうか?

普通は、レミケードかヒュミラ(抗TNFα製剤)だろう。
どのサイトカインが優勢なのかを知ることが出来ない現状では、効く可能性の高い抗TNFα製剤をまず試してみて、効果が無ければ別の薬へというのが妥当な選択だろう。
承認されたのが最近で、知見の少ないエンタイビオを最初に使おうと提案されることはまずないはずだ。
実際、エンタイビオやステラーラは「(二次無効からのスイッチで無く)初めて使った症例」が世界的にも少ないことが課題の一つにされている。

とすると、
今エンタイビオを使っている患者は、抗TNFα製剤、ステラーラと、それぞれに効果がなくなった患者が多いことが推測される。
さらに、生物学的製剤を使っている時点で難治性であり、生物学的製剤を複数試しているのならば、病歴も長く、コントロール不良である傾向があるだろう。

対して、抗TNFα製剤を使用している患者は、
病歴も浅く(ステロイドで症状が抑えられないとみれば、早期に生物学的製剤の使用が開始される)、病勢のコントロールも比較的良好であろうということになる。

ただ治療法ごとに分けるだけのようでも、属性が異なる患者群を比較している可能性もあるのだ。

他の治療法について考えてみても、
例えばステロイドでの治療群には、ステロイドだけで症状が抑えられる比較的軽症の患者だけでなく、既存の生物学的製剤が効かなくなってしまった患者や、生物学的製剤の高額な治療費を払えない患者(海外に日本同様の難病助成があるとはかぎらない)といった異なる属性の患者が一緒くたにされている可能性がある。

また、「病歴が長い」という部分も、新型コロナウイルス感染症について言えば単純では無い。
クローン病は進行性の病であるので、「病歴が長い」と聞けば、腸管のダメージが蓄積していることがすぐに頭に浮かぶ。
ただ、それ以外にも、クローン病は10代後半〜20代前半に発症することがかなり多いので「病歴が長い」は年齢が高いことも意味している。
新型コロナウイルス感染症は年齢が高いほど高リスクであることが分かっているので、病歴が長いことが問題だったとしても、それだけでは年齢なのか腸管のダメージなのかわからないのだ。

こういった疑問点の多くは、
各治療法と年齢や、症状の強さ、クローン病潰瘍性大腸炎を分けるなど、様々にクロス集計してくれるだけでもっと良く理解できるようになるのだが、そういった解析は一向に出てこない。
データソースまで確認してはいないので詳しいことは分からないが、細かいデータが表に出ていないか、クロス集計できないような形式でデータを集めているのか、なのだろう。

質的に新しいデータは出てこなさそうなので、
既存のデータを、ただ数字を見るだけで無くその背景もよく考えて、各自で判断していくしかなさそうである。


今あるデータからできること

既存のデータがかゆいところに届かない感じがするが、それでも何も無いよりははるかにありがたい状態であるのは間違いない。
詳細な分析があるに越したことはないが、大まかなら大まかなりに考えることはたくさんある。


私は新型コロナウイルスの流行のさなかに免疫調整剤を併用するという、リスクを上げる選択をした。
これは、新型コロナウイルスに感染した場合の重症化・死亡リスクの上昇幅が決して大きくはなく、炎症を抑えることを優先すべきという判断をした結果だ。

ただし、リスクを取ったことには違いないので、家族で予防をしっかりするだけでなく、感染してしまった場合のことも妻と話し合っている。

新型コロナウイルスに感染した場合に怖いのは、無症状なのか、重症化する前の段階なのかが誰にもわからないことだ。

疑わしい体調不良を感じた場合は早めに動くことや、
万が一感染してしまい症状が軽く自宅で待機になる場合には、自分が急変に気を付けるだけで無く、濃厚接触者として在宅ワークになるであろう妻も様子を注意する(眠っていても定期的に様子を確認する)こと、
保健所や収容先としっかりコミュニケーションを取り、健康な人よりリスクがあることを必ず伝える、などを話し合って決めている。

これらは、具体的なデータを見られたので考え、判断し、準備することができた。

高齢であったり、ステロイドの全身投与の治療をしなければならない場合には「新型コロナウイルスに感染すると危ない」ことを理解したうえで慎重に対策し、感染した場合の対処も考えておくのが今ある情報の活かし方だろうと思う。



某所で『免疫調整剤を使っていると重症化するから、症状が無い自分は感染していない』という意見を見て、「あのデータをこう理解するのか・・」と愕然としたが、
もちろんこのロジックは成り立っていない。

免疫調整剤を使っているIBD患者の入院率を見ても、入院しているのは3割程度で、残りの7割は自宅療養の軽症者である。重症化するのは多く見積もっても1割にも満たない。
Japan IBD COVID-19 taskforceまとめはCOVID-19についてのみである*2ので、無症状を含めれば、7割どころかもっと多くの患者が入院すらしていないことになる。

ということは、免疫調整剤(もっともリスクのあるステロイドの全身投与でも)を使っていても、新型コロナ感染者の多くは軽症・無症状なので、他の人に配慮した行動を取るべきだし、感染した可能性があるのならばPCR検査を受けるべきなのは言うまでもない。

せっかく表に出てきている情報も誤解してしまっては何の意味も無い。有害なことすらある。
大切なことなら、一次資料に当たって、しっかり自分の頭で考えて生活の中に生かしていきたいものだと思う。



*1:厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班, “Japan IBD COVID-19 taskforce”, 平成31年度 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班ホームページ, http://www.ibdjapan.org/task/index.html

*2:COVID-19は、SARS-CoV-2ウイルス(新型コロナウイルス)が感染して起こる病気の名前なので、症状がない場合はCOVID-19とは呼ばず、研究班の統計にも含まれていないはずである
; ウイルス名と病名でちょっと混乱しそうだが、「HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染してAIDS(後天性免疫不全症候群)になる」と同じ感じである